遺族のために遺言書を書いて残している人は多くないでしょう。
ほとんどの人が遺言書のことなど気にせずに日々を過ごされているのではないでしょうか。
一方、仲睦まじく暮らしていたのに、家族が遺産を巡り骨肉の争いを繰り広げてしまうという話も実際に現場でよく目にします。
そして、どのような人でも、そんな争いをするより、残された家族でどんな未来に進んでいくかを話したい、という想いがあることも明確でしょう。
しかし、残された家族は、亡くなった人を悼みながら遺産分割協議を行わなければなりません。
ご遺族の方々が「悪いことが起きた」状態で複雑な協議を調停することは、人間にとって困難なことの一つです。
遺言書の本当の効力とは、残された家族に早く立ち上がってもらい、自分の人生に目を向けてもらうことなのだと、私は思います。
遺言書を書くことを検討されているのであれば、早い内から遺言書の準備を進めることを心からお勧めします。
遺言書とは
自身が人生で築いた財産の処分や相続、子どもの認知など自身の最終意思を伝えるための手段です。
遺言書の基礎知識
まず、遺言の定義について触れたいと思います。
簡潔に表すと、遺言とは故人が自らの死後のために遺した言葉や文章です。
読み方は「ゆいごん」と呼ばれることが多いですが、法律用語では「いごん」と呼ばれます。
遺言書は自分の生涯を終えた時に、自らの最終意思を反映させるための手段です。
遺言書を遺すことで故人が生前に有していたあらゆる財産を、自らの死後、ご自身の思いに従って家族等に自由に相続させること、処分することが出来ます。
民法第961条に、「十五歳に達した者は遺言することができる」と定められています。
遺言書は法的な文書であるため、法律に基づいて書き記す必要があります。
遺言書の大前提として、2名以上の人が共同して遺言出来ない、という定めがあります。
一つの遺言書には遺言を遺す本人以外の遺言は記載できないということです。
また、遺言書は本人が全て自筆で書く必要があり、パソコンのワードやエクセル等のソフトを用いて紙面に残した遺言書は無効となってしまいます。
遺言書は自らの意思でいつでも書き直すことができ、最新の日付と署名のある遺言書のみが有効です。
遺言書は自己の財産の処分だけでなく、身分についても触れることが出来ます。
自己の財産を相続する推定相続人の排除や、自らの子ども認知等が挙げられます。
遺言書の種類
遺言書は大きく分けて、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類の形式があります。
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言を遺す意思のある本人が紙に遺言を書き記す方法です。
紙の書式や筆記用具は問わないため、紙とペン、そして印鑑があれば遺言を書く上での要件は満たします。
行政への手続きや費用も一切かからないため、3種類ある遺言書の形式の中で最も敷居が低く、使われている遺言書です。
また、遺言書の内容や存在を秘密にしておくことが出来るのも大きなメリットと言えます。
しかし、遺言書が改ざんされたり、紛失したりするリスクも存在します。
また、筆者の死後、遺言書の存在が気付かれない可能性もあります。
公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言書を公正証書にしたもので、公証役場で作成します。
公証役場にいる公証人と呼ばれる人が、法律に基づき証書を代筆で書面にします。
公正証書遺言を作成する上で重要なのは、証人が2人必要なことです。
証人に選ぶ人の条件に最低限、以下にある5項目に該当していないことが必要になります。
・未成年者
・遺言によって財産を相続する人とその配偶者や直系血族
・公証人の配偶者と4親等以内の親族
・公証役場の書記官や職員
・遺言書に記載された内容が読めない人や理解できない人
秘密証書遺言
遺言の内容を自身が死ぬまで秘密にしておくことが出来る遺言書です。
公正証書遺言と同じで公証役場にて作成しますが、公証人が遺言の内容を確認することは無く、遺言の存在があることを証明してくれます。
秘密証書遺言の保管は遺言者が行い、保管に公証人が携わることはありません。
公証人が介在するため、パソコンで作ったものでも構いません。
これは自筆証書遺言と大きく異なる点です。
費用も固定で公証人に11000円の支払いと決まっています。
必要な手続き
自筆証書遺言と秘密証書遺言は検認が必要です。
検認とは、家庭裁判所が遺言書を開封して、用紙、日付、筆跡、訂正箇所の署名や捺印の状況や遺言書の内容を確認してから検認調書を作成し、公文書とする手続きです。
このため、自筆証書遺言を見つけたら、直ちに家庭裁判所に持参する必要があります。
検認をしないと自筆証書遺言は法的効力を失います。
検認をする前に遺言書を開封してしまうと過料に課される可能性もあるので、注意が必要です。
それに対して、公正証書遺言は自筆証書遺言では必ず必要である検認が必要ありません。
公証役場で作られるため、公文書として認められるからです。
公正証書遺言は費用も数万円程度かかりますが、原本を公証人が保管するため改ざんや紛失の恐れがほとんどありません。
なお、近い将来、検認が必要なくなる見通しがありますので、こちらはあくまで2019年4月現在の情報です。
遺言書を残すべきタイミング
遺言書は人生の転機に残すことが推奨されます。
具体的には法定相続人の構成が変わるタイミングです。
例えば結婚をした時や子どもが生まれた時などがそれに当たります。
結婚をすると配偶者と親が法定相続人となり、自らの死後は自己の財産を親と配偶者が遺産分割協議をすることになるので、スムーズに事が運ぶように遺言書を残すことが必要かもしれません。
また、資産状況が大きく変わった時も遺言書を残すタイミングと言えるでしょう。
不動産を購入した時などがそうです。
ほかには、遺産を譲り渡したい人が現れた時も遺言書を書くべき時です。
遺言書は早くに残しておくことに越したことはありません。
また、いつでも本人の意思で変更することが出来るので、遺言書は思い立った時に残しておくとベターかもしれません。
遺言書の効力が及ぶもの
遺言書は故人の遺志を反映させるためのものですが、どんなものに効力が及ぶのかを解説していきます。
遺産について
自らの遺産は法定相続人に割り振られます。
その割合を遺言書の効力によって自由に分配、変更することが出来ます。
遺産には分割することの出来ない不動産等の資産も含まれます。
したがって、不動産を誰に相続させるのかということを遺言書に明記しておくことは大切なことです。
相続人について
法定相続人の排除も遺言を残すことで、遺言者の意思で取り行うことが出来ます。
また、血縁関係にない内縁の妻などにも遺贈という形で遺産を譲り渡すことが出来ます。
子供の認知
生前に自分の子供として認知していなかった子孫を自らの子供として認知できます。
隠し子も遺言で認知することが出来ます。
認知して子どもと認められると相続を受ける権利が発生します。
未成年後見人の指定
未成年後見人とは父母等の親権者がいない未成年者の財産管理と身上監護を行う人を指します。
未成年者の親代わりの役割を果たす人という認識で良いでしょう。
財産管理は文字通り未成年者の財産を管理し、身上監護は未成年者の学校の進学先などを決めるサポートをしたり、衣食住が円滑に営めるようにしたりすることです。
未成年後見人を遺言より指定することが出来ます。
未成年後見人は報酬がもらえます。
報酬の額は人によりけりですが、月に2~5万円前後が相場です。
未成年後見人は以下のいずれかの条件を未成年者が満たせば、未成年後見人の責務から外れます。
l 未成年者が満20歳に達した。
l 未成年者が結婚した。
l 未成年者が亡くなった。
l 未成年者を養子とする養子縁組が成立した。
報酬も発生する未成年後見人は責任も非常に大きいので、引き受ける際には大いに注意が必要です。
遺言執行者の指定
遺言者が残した遺言書を執行する遺言執行者の指定を遺言で定めることが出来ます。
遺言執行者は相続開始後の手続きを単独で行う権限があるため、相続をスムーズに進めるためには遺言執行者を遺言にて取り決めておくことは重要です。
一般的に当事者である相続人の内の一人ないし複数人が指定されることが多いですが、弁護士に依頼することもできます。
その場合、弁護士費用が発生しますが、最も正確で素早く、家族への負担が最小限に済むはずです。
付言事項について
付言事項とは法的効力はありませんが、遺言を書いた経緯や感謝の気持ちを書く事項です。
一般的に感謝の気持ちを書き記すようにすることが多いです。
遺言書では不可能なこと・効力が及ばないもの
遺言書は万能ではありません。
では、どのようなことには遺言書の効力が及ばないのか、実際に確認してみましょう。
遺留分を侵害するような遺言
遺留分とは仮に遺言で相続する権利を剥奪されても家族である以上最低限の相続は法定割合で保証される権利です。
遺言で法定相続人から排除しても遺留分までは侵害することが出来ません。
ただし遺留分の相続権利は兄弟姉妹以外の相続人にのみ、つまり配偶者か子孫にのみ認められています。
相続人の遺留分は法律で一定の割合が定められています。
遺産分割協議での決定事項
遺言書で遺産の分配を取り決めても、それを反故にする方法があります。
それは法定相続人の全員の一致で遺言に書かれている事項を認めないとすることです。
そもそも遺言は遺言者の意思が尊重されるという目的と、もう一つは法定相続人の間で相続に関する問題を起こさないという目的があります。
法定相続人の全員が承認した上での遺産分割協議での決定事項はこれらの理由により、遺言書では効力が及ばないと言うことができます。
遺言が無効になる場合
遺言が無効になるケースで最も多いのが自筆証書遺言の書き間違えです。
正しい書式で法律に則った書き方をしなければ遺言に法的な効力を持たせることが出来ずにただの紙切れとなってしまいます。
ではどのような場合無効になってしまうのでしょうか。
正しい形式で記載されてない場合
自筆証書遺言の場合は公証役場等の機関を介さずに書くので、正しい形式で記載されないことが多いです。
必須である事は全文を自筆で書くことです。
日付と氏名も自筆で記入することや加除訂正する時は訂正個所を明確にし、その個所に捺印して署名することが必要です。
また、捺印は認印や拇印でも構いませんが実印が好ましいでしょう。
必要な項目がない場合
財産を相続させたいと思っていても書き方を誤ってしまうと思いが実現しないことがあります。
それは、必要な項目の記入漏れです。
例えば、遺言者が複数所有する預貯金を全て配偶者に相続させたいと考えているとします。
その場合、「下記の預貯金を妻〇〇に相続させる」。
と書いてしまうと、相続させるすべての預貯金の情報を一つ一つ「限定的に(誰が見ても正確にわかるように)」列挙しなければなりません。
この形式を取ってしまうと、記入漏れが起こる公算が高いです。
このようなケースで有用な書式として、「下記の財産を含む全ての預貯金を妻〇〇に相続させる」という書き方をしておけば、万が一、記入漏れがあったとしても意図通り全ての預貯金を配偶者である妻に相続できる可能性が高くなります。
意味が分かりづらい記載
遺言書に書かれた記載が曖昧で主観に基づくような記述は無効になります。
例えば、所有する土地の住所録の表記が登記簿に沿って所在、地番、地目、地積、家屋番号、構造、床面積などが正確に記載されておらず、曖昧である場合が挙げられます。
不動産や土地等を所持している場合、登記簿に書かれてある通りに記載する必要があります。
その他無効になるパターン
他人の意思の介在が疑われる場合も遺言書が無効になる可能性があります。
例として、遺言書を書くときに推定相続人が遺言者をそそのかし、自身が優位になるように働きかけて遺言に推定相続人の意思を反映させてしまう場合です。
遺言者が認知症を患っている場合などに起きがちなケースです。
遺言を自分ひとりで書くのは大変
一般的には自筆証書遺言が普及していますが、書式に誤りがあり無効となってしまうと、正確に遺言を残せなくなってしまいます。
遺言書を書こうと思い立ったなら専門家のアドバイスを仰ぐのが無難です。
また、公正証書遺言は費用がかかるうえに証人を2人たてなければならないなど手間はかかりますが、役所を経由するので無効になる可能性が低く、確実に遺言を残したい場合は有効です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
遺言書には大きく分けて3種類の書式があることや法的効力があるためにきちんとした書き方をしないと無効になってしまうことなどがお分かりいただけたことと思います。
自分が築いた財産は自分でどのように相続させるかもきちんと決めたいですよね。
また、残された家族の問題が起こらないように事前に手を打っておくことは、愛情そのものだと私は思います。
この機会に遺言書を思い立って書かれてみてはどうでしょうか。
遺言書を書かれる際は、弁護士や税理士などの専門家にまずはご相談されることをお勧めします。