自身や親の年齢が上がってくると、気になってくるのが相続に関する手続きや遺言のことではないでしょうか?
認知症と聞いて、自分には無関係だと思っている方も多いと思いますが、厚生労働省が発表している日本の認知症の有病率は、85歳以上では27%とされています。
今や、85歳以上の日本人の、4人に1人が認知症になっているのです。
「自分は大丈夫」「両親はしっかりしている」と思いたくなりますが、誰もが認知症に直面する可能性があるのです。
親がもし認知症と診断されてしまった場合、有効な遺言を書くのは可能なのでしょうか?
今回は被相続人が認知症だった場合の遺言の効力について、また作成方法についてご紹介していきます。
遺言に関する規定
遺言は、次の人が書くことができると民法に規定されています。
・15歳に達した者
・遺言能力のある者
つまり、法律上満15歳以上で判断する能力があれば、誰もが書くことができるものなのです。
しかし遺言を書く場合は、必ず本人が直筆しなければならりません。
法定代理人や任意代理人が代わりに作成することはできませんので注意が必要です。
また、相続が開始された時に、遺言が有効になるのかのポイントは、本人が作成時点で遺言能力があったかどうかです。
遺言能力とは?
遺言を作成できるだけの意思や判断する力が本人にあったかどうかを「遺言能力」としています。
具体的には、自分の資産状況や、相続人との関係がどのようなものであるかを把握しており、それらを考慮したうえで、遺書を作成できる能力です。
ここで勘違いしてはいけないのは、あくまでも作成した時点の判断できる力であり、亡くなる直前の状況ではありません。
認知症の人が書いた遺言、効力は?
認知症の人が作成した遺言は、認知症でない人が書いた場合と同様の効力があるのでしょうか?
認知症といっても、人によって軽いものから重いものまで症状はさまざまです。
例えば、認知症の人が日常的に介護が必要かどうかを判断する要介護認定では、その症状に合わせて7段階で判断されているほどです。
そのため認知症だからといって、一概に無効になってしまうということではありません。
また認知症の人が作った遺言の効力を判断するためには、医師の診断書などが必要になります。
では、認知症の人の遺言能力があるかを判断する基準について具体的に見ていきましょう。
認知症かどうか診断が必要
認知症である被相続人に遺言能力があるかどうか不明な場合は、医師の診断が必要です。
先にも述べたように、認知症には様々な症状がありますので、診断書は被相続人の認知症の症状がどのようなものであるのか、客観的に確認する材料となります。
医師の診断書には、既に認知症の場合、傷病名や判断する能力について記載されることが多くあります。
例えば、診断書には以下のようなことが記載されます。
・傷病名
・認知症を治療中である旨
・意思表示ができるかどうか
・判断する能力があるかどうか
・自己の資産の管理能力があるかどうか
また遺書の作成時点で、遺言できる能力があると被相続人自身が判断する場合であっても、相続人同士のトラブルに発展しないよう、医師の診断を受けて事前に対策をとっておくのもおすすめです。
遺言能力があるか判断する
医師の診断書によって、自分の意思で遺言ができるのか客観的に分かりますが、遺言能力があるかどうかは、法的な判断になります。
例えば、認知症とされていたが、判断能力があると診断された場合でも、資産の分配の仕方が複雑すぎる遺書は無効になってしまうこともあります。
年齢に応じた判断できる力があったとしても、遺言書に添付している財産目録が何十ページにもわたり、それを細かく配分する内容を記載している場合などはこのケースにあたります。
作成内容は、遺言書を作成する時点での本人が判断できる範囲内で、能力に見合った内容にすることが重要になってきます。
万が一裁判になった場合に、医師の診断以外にも、次のようなことが遺言能力の判断材料に使われることがあります。
・どのような行動や言動をしていたか
・医師や看護師はどのように接していたか
・遺言の内容におかしな点はないか
・遺言書の作成経緯やその状況
遺言能力のあったかどうかについては、医師の診断と合わせて、上記の内容等を確認して総合的に判断されます。
また当時の本人の状況については、作成した前後の数日間や、数週間において判断されることが多いようです。
認知症の人に遺言を書いてもらうには?
認知症の人に遺言を書いてもらう場合、有効なものにするためには、いくつかのポイントを押さえて書いてもらうことが必要です。
こちらでは、認知症の人が無効になるリスクを抑えて遺言を書く方法として、「公正証書遺言」と、「遺言できる能力があることを証明する」ポイントについてご説明します。
公正証書遺言
認知症の人の作成した遺言が無効になってしまうリスクを抑える方法として、公正証書遺言があります。
公正証書遺言とは、被相続人が亡くなる前に、公証役場にて作成する遺書のことです。
場合によっては、認知症の人が公証役場に出向くことなく、公証人が任意の場所(入院先や自宅、老人ホームなどの入居先)まで来てくれることもあります。
被相続人は、公証人2名に立ち会わせ、遺書に記載してほしい内容を伝え、それをもとに作成されます。
原本が公証役場に保管されることから、紛失や改ざんのリスクがないことが、公正証書遺言の特徴です。
遺言の内容について法的な知識を持ち合わせた公証人が作成をすることから、有効になる遺書となる可能性が高くなります。
また相続人が遺書を発見した場合、遺書の種類によっては、家庭裁判所での「検認」手続きをしなければ開けてみることができませんが、公正証書遺言は検認の手続きが不要です。
そのため、相続開始後すみやかに遺産分割手続きをすることができます。
認知症の人に有効な遺書を残してもらうためには、法的な不備やさまざまな混乱を避けるたにも公正証書遺言にすると、無効となる確率が低くなるというメリットがあるでしょう。
ただし作成には手間と時間、費用がかかるというデメリットもありますので、認知症の人の体調や遺産の状況を考慮して無理のない範囲で行いたいですね。
遺言能力があることを証明する
公正証書遺言は、法的に有効となる可能性が高いものの、被相続人の遺言できる能力を明らかにするための資料ではありません。
遺言作成時の能力を確実な証拠とするためには、その当時の様子をこまめに記録しておくことが肝心です。
例えば、次のような資料が当時の様子を判断する材料になります。
・日々の様子をこまめに記録しておく日記
・当時の判断する能力や意思能力が分かる会話の動画
・かかりつけの医師からもらったカルテの写し
このような資料があると、その時点で意思能力があると判断できる客観的な材料になります。
認知症の症状は、その日によって判断能力もまちまちななので、遺書を作成する前後数日や数週間の様子を記録しておくことにより、意思能力があるとする証明の判断材料になります。
作成時点での認知症の症状を知らない相続人がいる場合などは、「本当は判断できる能力なんかなかったんじゃないか?」と言って、公正証書遺言といえども無効を主張してくる場合も考えられます。
公正証書遺言と合わせて、認知症の人の遺言能力が分かる資料を準備しておきたいものです。
早めに専門家にアドバイスをもらう
認知症の人に有効な遺言書を作成してもらうためには、専門家のアドバイスを早めにもらうことも重要です。
当時の判断能力や意思能力を客観的に残してもらえるよう、担当医師に診断書の作成が可能かどうか確認しておくと良いでしょう。
また、法律的な不備がなく、当時の意思能力や判断能力と見合った遺書にするために、弁護士などの法律の専門家にも相談しておきたいところです。
医師により、遺書を作成するだけの能力があるとの診断書が出た場合でも、当時の能力に見合わないような、複雑な遺書になってしまうと、無効になってしまう恐れがあります。
できる限り医学の専門家や法律の専門家から早めのアドバイスをもらうことで、遺書が無効になるのを防ぐことができます。
逆に、遺言の有効性に異を唱えるには?
認知症の人でも、有効な遺書を作成することができますが、当時の判断能力や意思能力に疑問が残る場合や、遺書の内容に納得ができない場合などは、遺言を無効にしたいものです。
例えば、次のようなケースは、遺言が無効となるケースがあります。
・重度の認知症で、日常生活に必要な会話もできない状態で作成されたもの
・遺書が本人によって作成されたものではないもの
・遺言の形式が満たされていないもの
・相続人に脅迫されて作成されたもの
被相続人が認知症であった場合、それを利用して自分に有利になるような遺書となるよう、他の相続人が作成している可能性もあります。
また認知症の人が作成したものであっても、内容に納得できない場合は、形式不備などを理由に、無効を主張することができます。
遺書が有効であることを主張する相続人と、無効であることを主張する相続人がいた場合、いつまで経っても遺産分割ができません。
このような事態になると、遺書が有効なものか無効なものかを確定する手続きが必要になります。
その手続きが、遺言無効確認調停の申し立てになります。
どのような手続きなのか、実際の手順を見てみましょう。
遺言無効確認調停を申し立てる
遺言の無効を主張したい場合、家庭に関する事件になるため、家庭裁判所で相手方と話し合いを行うことになります。
家事事件手続法によると、家事調停を行うことができる事件について訴えたい場合には、訴訟を起こす前に、家庭裁判所に調停の申し立てをする必要があると定められています。
家庭裁判所では、裁判官、調停委員が関わる中で、遺書の有効性について、対立している相続人と話し合いを行います。
話し合いを行う中で、相手方が遺言の無効について納得できた場合は、遺言が無効になります。
内容に納得できず話し合いを行いたい場合や、話し合いで解決できる可能性がある場合は、原則通り、調停の申し立てを行います。
しかしながら、遺言の有効・無効について相続人同士で対立している場合は、調停ではまとまらず、その後の遺産分割手続きでの争いなど、もつれ込むケースが多いでしょう。
その場合は、家庭裁判所での調停手続きを経ずに、訴訟手続きを行います。
遺言無効調停を申し立てるのか、訴訟に持ち込むのかについて、判断が難しい場合は、弁護士など法律の専門家に相談し、アドバイスをもらうことをおすすめします。
様々な書類を用意する必要がある
家庭裁判所に遺言無効確認調停を申し立てるためには、様々な必要書類を準備する必要があります。
提出書類の一例
・被相続人の除籍謄本
・申立人と相手方の戸籍謄本
・被相続人の最後の住所地の住民票
・遺言書写し
(公正証書遺言でなかった場合は検認済遺言書写し)
被相続人が本籍地を何度か変更している場合や、相手方が非協力的な場合、必要書類を揃えるのに時間がかかる場合があります。
遠隔の役所に出向くことが難しければ、郵送での取り寄せも可能ですが、直接出向くよりも時間がかかってしまいます。
それに加えて、申し立てには収入印紙や郵便切手などの費用もかかりますので、事前に裁判所へ確認が必要です。
相続開始後、心身共に疲弊している中、上記の書類や必要物を準備するのは大変かもしれません。
ご自身ですべて準備することが難しい場合は、早めに専門家に相談しておく方がスムーズに進められる可能性があります。
もし家庭裁判所での調停にて話し合いがまとまらなかった場合は、遺言無効確認請求訴訟を地方裁判所に提起します。
遺書が無効であることを立証でき、無効であることが確認された場合は、その後他の相続人と遺産分割協議を行い、遺産の分割をすることができるようになります。
遺書が公正証書遺言であった場合は、有効であるもものを覆すことが難しい場合もあります。
無効にするためには、家庭裁判所での調停の申し立てや地方裁判所での訴訟など、時間と労力がかかります。
公正証書遺言を無効にしたい場合は、申し立て手続きを行う前にそれなりの覚悟が必要になるかもしれません。
まとめ
高齢化、超高齢化が進む日本では、認知症の人が作成した遺言は今後も増えていくと考えられます。
認知症の人が書いた遺言であっても、作成当時に遺言能力があれば、遺書は有効なものになります。
認知症は決して他人事ではありません。
ご家族に有効な遺言を作成してもらいたい場合や、ご自身の遺言の有効性が気になる場合は、早めに専門家に相談し、後々遺言書の無効が争われることの無いよう準備をしておきましょう。